2012年1月26日木曜日

佐倉 曹洞宗 観音寺


■2011年10月18日に大芦家主催のスタディツアーが行われた。昭和村のなかの集落をひとつずつ歩く会で、この日はからむし織りの里がある佐倉(さぐら)集落。
 中世後期の野尻山内氏の城館跡(舘裏山)がある。
 そして近世の観音寺(下中津川正法寺の末寺)。これは御蔵入三十三観音七番札所となっている。昭和村域ではここだけである。
 下中津川正法寺については小島一男『会津古事散歩』(歴史春秋社、2002年、1300円)の103~105ページに記載があるが観音寺については書いていない。
 藤田定興『神と仏の信仰』(歴史春秋社、2011年、1200円)では、161~163ページに御蔵入三十三観音。
 小説仕立てで紹介したものに、昭和村下中津川の縁故者の舟木正義『奥会津三十三所観音紀行』(歴史春秋社、1995年、1165円)。40~47ページ。ここに文化九年(1812)に大芦村の五十嵐宅右エ門が寄進した厨子にまつわる3721日の願掛けのことである(慈眼山)。
 慈眼山、示現山とも。
■会津藩の宗教政策については『会津若松市史 第5巻』(2001年)の73ページから。修験道、会津三十三観音札所巡礼など。
■御蔵入三十三観音の佐倉観音寺や昭和村、駒止、奥会津地域を舞台とした小説に、佐伯泰英『夏目影二郎 始末旅4 妖怪狩り』(光文社文庫、2001)がある。大芦には国定忠治が訪問した家がある。
 相場英雄『みちのく麺食い記者 宮沢賢一郎 奥会津三泣き因習の殺意』(小学館文庫、2009)は会津若松、南会津、昭和村喰丸に住む織姫が主人公。