2012年1月26日木曜日

ホウインサマ(法印様)、在家の修験・山伏


■昭和60年(1985)に田島町教育委員会が刊行した『田島町史 第一巻』。
 629ページから649までの「第四節 田島町の修験」は藤田定興氏が執筆している。
 中世に伊勢・熊野などへ人々を引導した修験。熊野の御師は御祈祷師だが、一方で参詣の信者の宿泊業も兼ねた。地方の修験先達は、各自の旦那をひきいて、この御師の坊舎に宿泊するが、その場合、各先達には宿とする御師の坊舎が定まっており、先達や旦那はこの御師に布施料を払う。現在の南会津郡、南山は那智の御師廊之坊の持ち分であった。
 修験には本山派(天台宗)、当山派(真言系)で、近世初期御蔵入領内南岳院配下本山派修験一覧として43の修験が紹介されている。そのなかに現在の昭和村分として4ある。
 喰丸 南蔵院
 小中津川 大法院
 下中津川 喜法院
 下中津川 大光院
■平成22年(2010)に只見町が発刊した『只見とっておきの話』の295ページから栃木県の高校教師の久野俊彦氏が「只見町の法印文書」で楢戸龍蔵院について紹介している。
 15年かかった只見町史(全11冊)のなかで、久野氏は法印の活動実態を調査している。その成果の一部を『広報ただみ』の471号(平成21年8月号)から476号(平成22年1月号)に掲載したものが本誌所収となっている。
 近世、いわゆる江戸時代の只見町など奥会津の法印と呼ばれる在家の修験者が、他地域との文化運搬役になっていることを、わかりやすく紹介している。
■村山修一『山伏の歴史』(塙書房)は、1970年に初版が出ているが、2005年に初版第11刷が出ており求めやすい。3300円。全国的な歴史的動向について書いている。