2021年8月25日水曜日

2021年8月25日(水)雨、令和の奥会津風土記2年目

■2021年8月25日(水)雨 台風由来

 2020年に赤坂憲雄さんと奥会津を歩いたが、21年も継続している。


 → 令和の奥会津風土記2021年



■担当企業が新しくなり、上記のような優れたレポートをされています。なお本文(紙媒体)は私(菅家博昭)が書きました(奥会津書房編)。


 

2020年9月24日木曜日

3th 9月11日 西山地区

 

9月11日。赤坂憲雄氏との村歩き3回目は再び柳津町に戻った。 小巻、石生前(縄文中期の拠点)・石神から大峯、久保田へ。 小巻集落の辻に立つ六地蔵と地蔵堂には、線香が供えられている。生きている信仰の証は、これまでも各所で見られた。大峯の弥彦神...

遠藤 由美子さんの投稿 2020年9月20日日曜日

2020年8月28日金曜日

只見町の資料

 


8月22日 只見町等

 赤坂憲雄氏と歩く奥会津。

対面での調査をしない村歩き第2回目は、8月22日、只見町塩ノ岐を起点に、和泉田、梁取、布沢を経て松坂峠を越え、山入りから横田へ。中世の土塁と堀跡が現存する山ノ内氏居館跡で、5時間の村歩きを終えた。
為政者の攻防による壮絶な戦いに彩られた中世から、農民による苛烈な国境論争・白峯銀山事件を指揮した馬場仁右衛門、南山御蔵入騒動で打ち首となった義民・茂左衛門と、百姓が身を挺して抗した近世の壮絶な歴史を訪ねる村歩きは重かった。貴重な歴史が断片のまま時の沼に沈もうとしているような危惧が、供養塔や墓石に張り付いていたせいかもしれない。

遠藤由美子さんFBより(奥会津書房)

8月22日 只見町等

赤坂憲雄氏と歩く奥会津。 対面での調査をしない村歩き第2回目は、8月22日、只見町塩ノ岐を起点に、和泉田、梁取、布沢を経て松坂峠を越え、山入りから横田へ。中世の土塁と堀跡が現存する山ノ内氏居館跡で、5時間の村歩きを終えた。 為政者の攻防によ...

遠藤 由美子さんの投稿 2020年8月23日日曜日

7月17日 柳津町等

 「赤坂憲雄氏と奥会津の村を歩く」第1回(7月17日)

赤坂氏を中心に会津学研究会代表の菅家博昭氏、撮影スタッフ、只見川電源流域振興センターの担当職員等で、柳津町の軽井沢、鳥屋、大野、銀山を経て三島町滝谷、昭和村大岐を歩いた。

高い尾根に位置する小さな集落である大野は、谷を隔てて会津盆地に接している。

この地に初めて足を踏み入れた赤坂氏は、寺社や棚田、村のつくりをつぶさに眺めながら、的確な推理を展開する。そこには刺激的な学びの場が現成した。

コロナを意識して、対面での調査は控えたが、今後、継続して調査が進められる。


※遠藤由美子さん(奥会津書房)FBより引用


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「赤坂憲雄氏と奥会津の村を歩く」第1回(7月17日) 赤坂氏を中心に会津学研究会代表の菅家博昭氏、撮影スタッフ、只見川電源流域振興センターの担当職員等で、柳津町の軽井沢、鳥屋、大野、銀山を経て三島町滝谷、昭和村大岐を歩いた。 高い尾根に位置...

遠藤 由美子さんの投稿 2020年7月19日日曜日

2020年5月2日土曜日

5/1風土学、ベルクの通態、空間の履歴、縁(出会い)

































4/29 東北の焼畑慣行、山口弥一郎 昭和19年

■■山口弥一郎 『 東北の焼畑慣行 』の冒頭は、現在の金山町の沼沢からはじまる。昭和19年刊行の書籍より。画像はクリック(押す)と拡大します。


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序文


木地挽(きぢひき)と表記

「かの」は「勧農」





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