2016年11月26日土曜日

12/10(土)午後1時30分から 会津坂下塔寺ふくしま本の森にて 例会

■会津学研究会例会を開催します。11月16日~21日の台湾訪問、からむし(苧麻)と輪状式機織り機等について、菅家博昭が報告します。
 




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              会津学研究会 例会
        (2016-12-10土13:30 坂下 ふくしま本の森)

1.『奥会津の木地師』(民族文化映像研究所制作、1976年)、姫田忠義(1928 - 2013年)らが田島町(南会津町)針生で撮影。昭和村で『からむしと麻』(1988年)。

2.木地屋(木地挽(ひき))

3.『永源寺町史 通史編』(滋賀県東近江市、全1328頁。2006年) 第七節 蛭谷・君ヶ畑の木地師支配 生嶋輝美記述(583-658頁)。

『永源寺町史 木地師編 上巻・下巻』(2001年)
上「蛭谷氏子駈帳 全1142頁」。下「君ヶ畑氏子狩帳、その他文書・解説 全548頁」。

4.杉本壽『木地師支配制度の研究』(ミネルヴァ書房復刊2008年、1972年刊)959頁、18000円。

5.橋本鉄男『ろくろ』(ものと人間の文化史31 法政大学出版局1979年)1981年3月。 260頁、小椋姓は蛭谷で1740年(元文5)、君ヶ畑で1745年(延享2)。 263頁に映画「奥会津の木地師」。309頁に200枚も椀を挽くと轆轤を回転させる麻紐は切れるから、大量の麻糸が必要だった。

6.田畑久夫『木地屋集落 系譜と変遷』(古今書院、2002年)

7.金井晃『木地語り 会津田島のとびの足跡 企画展報告書』(福島県田島町教委、2001年)。金井氏は『只見町史 民俗編』などの木地集落も執筆。

金井晃「講演記録 会津の木地師文化 会津漆器を支えた人々」『歴史春秋 第84号』(会津史学会編、2016年11月刊)

8.馬場勇伍『木地師の跡を尋ねて』(昭和村教委、2002年)
 村内12カ所の木地集落の墓碑調査。

                                                            菅家博昭まとめ

2016年11月8日火曜日

加藤清之助 2016-11-8追記あり

■台北の南洋協会台湾支部から1922年(大正11年)に出版された『苧麻』を書いた加藤清之助のことを調べている。

■2016年5月18日 追記※
 
■ 繊維を採取する植物カラムシ。和的にはその繊維を青苧(あおそ)、あるいは青麻(あおそ)と表記することが近世までは多かった。近世の大沼郡野尻組(現在の昭和村)の書面をみると「からむし畑」「青苧」という表記が確認できる。しかし近代となり明治時代には中国本土、台湾、朝鮮半島からのからむし(ラミー)が輸入され、「苧麻(ちょま)」という表記がなされる。

 暖かい国の草であるカラムシは、中国大陸が現在も主産地で、その栽培品種数は1000を超えている。商品表示で麻と表記できるのは、このカラムシのみである。ほとんどが中国産。台湾もからむし生産地域で、第2次対戦前、日本政府の植民地下でも調査、利用がなされた。その中心となったのが南洋協会台湾支部である。

 戦前、野尻中向の人がラミー(海外種の苧麻)の根を昭和村に導入した経過がある。また明治期にロシアに渡りからむし栽培をして帰国した人も大芦の赤田墓地近くにラミー(海外種)を植えており、この品種は、現存している。
 カラムシ類は花粉による交雑が多く、こうした移入種による交雑も起こっている可能性があるが、特に明治期は積極的に海外種を政府農務機関が導入した経過がある。
 明治期に大芦村長を勤めた五十嵐伊之重も広く国内外のからむし品種に興味を持ち、大芦産のからむし根と交換をしていることが、静岡県側に残された記録から明らかになっている(福島住一)。

 日清戦争後、台湾統治をした日本政府は、特に苧麻の栽培・移入に力を入れている。



■ 私が、この最近の17年間、調査を続けている人物に加藤清之助がいる。大正年間に書籍を台湾で刊行しているが、肩書を含め人物像が不明であった。当時の大芦(現在の大沼郡昭和村)のカラムシ栽培についても言及している。

 からむし(青苧)の研究者で、著作『苧麻』は大正11年に南洋協会台湾支部から出版しており名著であり、古書として購入し所有もしているが、その調査をはじめてからも、なかなか人物像がつかめない。

 この春、鹿児島生まれの田代安定の関連資料が台湾の大学で公開されていることをしり、同時代人の加藤清之助との書簡等があるかどうか、興味を持って公開されているデジタルデータを閲覧していた。→台湾大学田代安定文庫


 また加藤清之助の著作の2冊の巻頭言で謝辞を述べている人名についても、調査をしている。そうしたなかで、5月になり、いくつかの糸口が見えてきた。

 ひとつは『台湾農会報』の1942年(昭和17年)と翌年の雑誌に連載をしていること。そしてその雑誌の巻末には「執筆者紹介」が掲載されていることを発見した。現物は国立国会図書館蔵のため、閲覧する必要性があった。

 月刊誌『フローリスト』『地上』等に連載記事を持っている千葉県在住の松山誠さんが国会図書館へよく行っており、花の市場や花の装飾に関する歴史、雑誌の調査をなさっていたことを思い出し、松山さんに『台湾農会報』の調査協力をお願いしていた。
 昨日(2016年6月17日、午後4時13分、その松山誠さんから電子メールが届いた。次いで6時17分にも調査したことについて情報があった。

■ 『台湾農会報』の昭和17年7月号(4巻7号)の「芭蕉科植物の繊維に就いて(上)」の加藤清之助は、「大日本製糖 北港製糖所」という肩書きであった。

 また18年5月号(5巻5号)では、「大日本製糖 苗栗製糖所長」が加藤清之助その人であった。

  著者の情報として、当時の勤務先がわかれば、あとはなんとかなります。


■ 未明より調べてみると、同姓同名の人が同時代に数名いるので、注意が必要であるが、

 加藤清之助は、昭和9年に南大東島の製糖会社の農務係長として「加藤さんは神様」と言われていた、ということが出典(原典)を確認していないが、

 駒澤大学の『駒澤社会学研究』1988年3月の、長谷部八朗「離島村落の変貌過程とその課題   沖縄・南大東島の場合」の182ページにある。




 

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■ 2016年11月6日、8日、追記
 
台湾在住の馬さんの調査・教示により、詳しい情報がわかってきています。 

なお、『苧麻』を執筆した加藤清之助についても調査いただいて、本籍地が山形県であることがはじめて明らかになりました。台湾史研究所の台湾総督府農業試験所職員録で、
 大正7年(1918)、8年は農事試験場種芸部の技師
 大正9年(1920)は農事試験場嘉義支場の技師。
 昭和19年(1944)は新竹州 州會議員。






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 加藤清之助著『苧麻』(大正11年12月刊、定価2円送料共、台湾総督府 南洋協会) 
   

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  『苧麻』例言で謝意を述べている2名について
  職員録ウェブで写真閲覧してみると(ウェブ検索では東郷實はヒットしない)。
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  東郷實、田中秀雄は、台湾の台湾総督府、農事試験場の職員。
  東郷實は鹿児島県出身の農事試験場技師を経て、台湾総督府の調査課長(大正11年)。後に政治家。東郷実。
  田中秀雄(※1)は同僚で、熊本出身。農事試験場技手。種芸部。
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 加藤清之助は台湾の農事試験場に勤務し、『苧麻』の著作を書き上げたことを想像できる。職員録でウェブ検索では大正7年から9年までの職員(技手)であり、山形県が本籍地であることがわかった。ただウェブ検索ではヒットしない例(東郷實)もあることから、ウェブの職員録の写真閲覧を行い、精査する必要がある。
 台湾から、製糖会社に勤務し、昭和9年には沖縄県南大東島、そして台湾に戻り、大日本製糖の工場勤務、苗栗工場長を経て、この工場がある新竹州の州會議員(昭和19年)、、、というところまでわかった。
 『苧麻』を読み返してみると、台湾との日本内地の比較事例は「山形県」が多く、山形県生まれで、ある程度、そこでの苧麻との関連があったことが推察される。米沢苧(そ)、最上苧の青苧(からむし)産地を持つ山形県。会津はその南隣りの産地である。
 近世は青苧(あおそ、からむし)と表記することが多いが、明治期は中国大陸からの輸入が増え、中国の読みの「苧麻(ちょま)」という表現が出現していく。
 苧麻の本場の中国大陸を知る植物学者・農学者は、日本国内、特に南西諸島(沖縄等)や台湾統治後は台湾へも「苧麻」作付け・産業化を田代安定などが推進している。
 戦前、日本産からむし(苧麻)品種は、宮崎県の農業試験場に集められ試験研究が進められた。
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 田中秀雄,熊本県人。1890 年1 月2 日出生,1908 年3 月熊本縣立球磨農業學校卒業,. 1908 年10 月私立肥料分析技術員養成所結業,1911 年 4 月 6 日臨時台灣糖務局附屬糖業試驗場雇,10 月 16 日殖產局附屬糖業試驗場雇,1912 年 9 月 24 日依願免職,1913 年 11 月 4 日台北廳農會水返脚支會技手,1916 年 1 月 10 日台北廳水返脚支廳雇,5 月 18 日台北廳士林支廳雇,1917 年 4 月 10 日台北廳庶務課雇,12 月 8 日台北廳庶務課技手,1918 年 9 月 13 日農事試驗場種藝部技手,1921 年 10 月 5 日殖產局農務課技手,1924 年 12 月 25 日殖產局特產課技手,1933 年 9 月 28 日依願免職,1933 年 10 月 3 日殖產局囑託,負責擴大青果銷路相關事務。參閱〈田中秀雄囑託﹑手當﹑勤務〉,《臺灣總督府公文類纂》第 10239 冊第 6 號,昭和八年,永久進退。(莊惠惇、許進發「日本殖民政府技術官僚認知的咖啡及其世界市場」25ページ pdf)
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2016年10月22日土曜日

次回例会は2016年12月10日の予定です

■次回の会津学研究会の例会は2016年12月10日(土)13:30-、会津坂下町塔寺の ふくしま本の森での開催予定です。

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■8月に発刊となった野本寛一先生の著作『季節の民俗誌』。10月16日の福島民報「話者の伝承 誠実に記録』(菅家博昭)

  下の写真はクリックすると拡大します。


2016年6月15日水曜日

6/26ほんの森例会

■ 6月26日(日)午後1時30分~ほんの森にて(会津学研究会例会)
「中世の塔寺とその周辺~若手研究者・遠藤ゆり子著作を読む」

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今年の1月に吉川弘文館から『東北の中世史4伊達氏と戦国争乱』が刊行されました。

編者は遠藤ゆり子さんで、1970年、山形市生まれで、父は会津出身。立教大終了後、弘前学院大の講師を経て、現在、淑徳大学准教授。
本書より編者執筆の「戦国の町村」(『東北の中世史4』242-255P)を読みます。

また、この3月に出版された遠藤ゆり子さんの単著『戦国時代の南奥羽社会』から「戦国大名蘆名氏の成立と山野境目相論」の一部も読みます。

いずれも、中世の塔寺地区や、八幡宮長帳裏書資料に基づかれ論考が行われています。


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4月、5月と『会津物語』の背景を深めましたが、これについても参会者との懇談をいたします。
※資料準備の関係から、事前に奥会津書房の遠藤由美子さんまで申し込んで下さい。


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※ 当日は古川利意先生(91歳)も参加されました。(6/26追記)。




菅家、古川先生(右)
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7月17日(日)13:30~
 シンポジウム「高寺の謎にせまる」(本の森館長企画の講座)
 講 師:古川利意先生
 参加費:500円

 → 会津坂下町塔寺 ふくしま本の森FB



2016年4月28日木曜日

5/29(日)午後、例会、ほんの森 会津坂下。6/26(日)も予定。

4月10日の会津坂下塔寺の本の森での第1回公開講座(会津学研究会・例会)。

それを受けて、10日にうかがった話の意味を検討、解説、議論します。4月21日に話者宅をはじめて訪問し、不明な部分をさらにうかがいました。

★ 5月29日(日)午後1時30分より


 6月26日(日)午後1時30分より


 その後は、農繁期(かすみ草生産)となるため、菅家博昭が担当する会は、秋からの予定です。

  → ふくしま 本の森 サイト
 

  → ふくしま 本の森プロジェクト FB

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  4月10日の様子(写真)

 



2016年4月4日月曜日

2016年4月10日午後1時30分、会津坂下町塔寺 本の森にて 例会開催

■2016年4月10日(日)13:30より会津学研究会例会「聞き書きの技法(1)」

場所:ふくしま本の森〈会津坂下町旧八幡幼稚園 立木観音そば)
『会津物語』(会津学研究会編、赤坂憲雄監修、朝日新聞出版、2015年)の語り手のお一人、飯塚保氏に、話の周辺を詳しくお聞きします。
聞き手 会津学研究会 菅家博昭(昭和村)

資料代 500円 (本の森の会場使用料に充てます) 
是非ご参加ください。

2015年7月26日日曜日

8月6日午後6時、会津若松市内にて会津学研究会例会(『会津物語』発刊について)

■ 7月18日から、南会津町糸沢 奥会津博物館で、『企画展・奥会津の縄文時代 ~ ブナ林に育まれた文化』が開催されています。
■ 当方は8月1日、2日と新潟県十日町市へ。1日の午後の民族文化映像研究所制作の映画会(3本上映)に参加しますが、当日以下の行事も行われます。
■ 8月6日(木)午後6時、会津若松市内にて会津学研究会の会合が行われます。

 8月7日に赤坂憲雄監修『会津物語』(朝日新聞出版、1728円)が発刊され、その件について。

 事務局の遠藤由美子さんが進行します。朝日新聞福島県版の木曜日に3年ほど108回連載したものです。

・『会津物語』出版報告
・『会津物語』出版記念会について
・『本の森』プロジェクトについて
 7月26日の「春よこい」(奥会津書房文化事業2)上映会も三島町名入 山びこで開催されます。
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■赤坂憲雄さん 東京都小平市にて講演会
  遠野物語から会津物語へ
  9月13日(日) 午後1時30分~3時30分 (開場 午後1時)
  東京都小平市中央図書館 3階 視聴覚室   (定員 80名)
  入場無料
  申込不要 (但し満席の際は入場をお断りすることがあります)
  主催 小平図書館友の会
  後援 小平市教育委員会
 朝日新聞福島版に連載された聞き書き『会津物語』を中心に
 東北とのかかわり、東北への想いを語っていただきます。
 『会津物語』とは、会津のいまに生きる人々が体験した、
 あるいは家族から聞かされて育った事実譚を集めたものです。
 キツネに化かされたり、地蔵が子どもを助けてくれたり、といった
 不思議なお話の群れ。どこか遠野物語の世界のように、妖しく、
 懐かしい物語ばかりです。
 『遠野物語』から『会津物語』へと、見えない繋がりを求めて重ねてきた
 協同作業の結晶です。
 (赤坂憲雄+会津学研究会著として朝日新聞出版から出版の予定)
 → 主催者ウェブサイト


 
■8月5日、奥会津書房に1冊届きました。帯の推薦文は高畑勲監督です。
  




2015年7月7日火曜日

2015年7月9日、都内にて赤坂憲雄さんと竹島善一さんの対談

対談「足元を深く掘ること。そこから未来の萌芽を見出すこと。」
開催日:2015年7月9日(木) 19:00~20:30
登壇者:赤坂憲雄氏、竹島善一氏
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対談「足元を深く掘ること。そこから未来の萌芽を見出すこと。」

よりよい未来の日本の暮らしの為に、私たちはいま、何を考えどう行動すればよいのか。日本人の来し方行く末について語ります。
開催日:
2015年7月9日(木)
時間:
19:00~20:30(受付18:30~)
登壇者:
赤坂憲雄氏、竹島善一氏
会場:
無印良品 有楽町 ATELIER MUJI
定員:
60名(参加無料)
申込:
要申込
詳細はこちら

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イベント「竹島さんと、おはなししよう。」
開催日:2015年7月12日(日) 13:30~14:30
講演者:竹島善一氏
   
 


2015年4月22日水曜日

2015年5月10日(日)午後2時より、三島町宮下・奥会津書房にて会津学研究会例会

2015年5月10日(日)午後2時より、三島町宮下・奥会津書房にて会津学研究会例会。雑誌『会津学 7号』を持参のうえ、おいで下さい。第7号の読書会となります。

  4月30日に川口高校で行った郷土体感プログラムの講座内容も資料にて説明します。






2015年3月27日金曜日

最終巻の発刊。『会津学 七号』 2015年3月20日

■『会津学 7号』が発刊されました。福島県三島町の奥会津書房刊。
 


■ 『会津学 vol.7』 256ページ、2015年3月15日発行、会津学研究会:奥会津書房編(福島県大沼郡三島町宮下中乙田979)


佐久間庄司 「時の狭間 会津若松市」巻頭グラビア

竹島善一×佐々木長生 「写真を読む 昭和50年代の奥会津」

災害の記憶「新潟福島豪雨災害」(2011年7月末)
鈴木克彦 「只見町の記録」
川口高校3年生「金山町の記録」

小林昭二 「紙芝居で伝える文政4年(1821)の大地震」(金山町沼沢湖を震源、2011年制作・2014年夏川口高校)

渡部サクヨ(渡部和編)「野菜帖 平成24年 85歳~86歳当時」
渡辺紀子「会津物語から見えたもの」(朝日新聞福島県版連載)
田沼隆之「金山町大字山入字山中集落の終焉に立ち会って」
舟木由貴子「昭和村の花嫁行列」

河原田宗興・菅家博昭 「対談:からむしと麻」

佐々木長生 「金山町鮭立の民俗 奥会津の山人・岩渕太門氏(大正4年生)聞書」
長瀬谷百合子 「桶作り 喜多方市 菊地貞吉さん(大正15年生)」
遠藤由美子 「問わず語りメモ 金山町八町 押部明郎さん談(大正13年生)」

菅家博昭 (講演記録、渡辺和テープ起こし)「都市はムラに、村は歴史に学ぶ時代」(2014年8月25日、奥会津大学 柳津ふれあい館)

柳内壽彦 「奥会津の中世」(2014年12月10日 奥会津大学 柳津ふれあい館)

菅家博昭 「地域の調べ方」

菅 敬浩 「上達しない聞き書き」

菅家博昭 「備忘録:草が支えた社会」

遠藤由美子 「終刊によせて」



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■ ■  「会津の文化を問い直す」

会津はすでにして、静かに偉大である。
徳一を見よ。
古代に、この東北の地に仏教を花開かせた徳一は、なぜ会津を選んだのか。
司馬遼太郎に耳を傾けよ。
近世の会津は、数本の指に数えられる文化と教育の藩であった、そう、くりかえし語られたのではなかったか。
会津農書、藤樹学、自由民権運動、美術倶楽部を、この喜多方は生んだのではなかったか。 だから、いまこそ、静かに、会津の文化力を取り戻さねばならない。(赤坂憲雄)

パネリスト:赤坂憲雄氏(福島県立博物館館長)
       五阿弥宏安氏(福島民友新聞社社長)
       五十嵐源市氏(磐梯町町長)
       菅家博昭氏 (会津学研究会代表)
日   時:4月24日(金)18:00~
場   所:大和川酒造北方風土館(喜多方市)
参 加 費:無料
懇親会費:3000円



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■ 4月5日午後、只見町にてシンポジウム 「太陽の女性」たちが語り合う
 只見町から日本と地球を見据えたエネルギー未来 (事前申込が必要) → 会津電力等主催


 星野恵美子 (水土里ネット那須野ヶ原 参事)
 河口真理子 (一般社団法人 社会的責任フォーラム 代表理事)
 石橋あすか (只見町町議会議員)
 井上保子  (非営利株式会社 宝塚すみれ発電 代表取締役)
 遠藤由美子 (会津電力株式会社 監査役)
 佐藤彌右衛門(会津電力株式会社 代表取締役)
 進行役:飯田哲也(認定NPO法人環境エネルギー政策研究所 所長)